東日本大震災 お見舞い申し上げます

2011年3月11日午後2時46分
 
その時私は病院でした
退院後の外来でリハビリのDrと話している最中
「地震?」それが始まりでした
大きく長く揺れました Drはドアを開けて様子を見に行く 震源地は宮城県沖らしい
「ニュージーランド地震などのこと考えても、被災地のことを考えたら、難病なんて負けていられない 自分のことです 自分がしっかりやらなくては」と思わず、言っていました
ピカピカの新病棟ですから、大きく揺れても、崩壊の不安は全くありませんでした
旧病棟だったら崩壊していたかも、、、
診察室を出ると、非常ドアが閉まった エレベーターが止まった、ここで震度5.5あったなど聞きました 

でも主治医との予約の時間でしたから、そちらに急ぐ
待つ間にまた大きな地震 診察室のドアが一斉に開きます
診察は中途半端に、、、  次回があるさ すぐにはどうということはないのです

入院時の同室のお友達をお見舞いに行く
野鳥の話もしたり、楽しい会話や病状の話をしたり、「さて帰ろう、電車が動いているかな、帰れるかな」と帰れるか、心配はしていたが冗談半分
でも本当に電車が止まっていたのです
この日はサポーターの夫が一緒でした
ロビーでTVを見たりして状況を把握する
「まずは帰って夕食作らなくていいように前にある蕎麦屋さんに行こうか」で腹ごしらえ
蕎麦屋のそば、すぐ隣にある線路を走る電車の音が全くしない

道を歩く人に聞いても、電車が動く様子はないと
「病院のロビーで様子を見よう 駅に行くと大変だ」
ロビーにいると入院中のお友達が暖かいマフラーを貸してくれました
病院側も毛布を出してくれ、長椅子で簡易ベットを作り寝場所を確保
パンやミカンの差し入れもありました 
病院側も初めてのことというのに、心づくしの対応に感謝感激
病院ロビーは暖かく安全安心 具合が悪い人も万が一の時は対応してもらえる
トイレも水も自販機もあり、コンビニ売店もある 携帯の充電も出来ます

人も多くはないけれど、適当にいて心細くはない TVで情報もある
でも、なかなか交通情報が入らない 交通難民のことはニュースに出るが、動いてほしい家に帰る電車の運転再開のニュースが出ない
そのまま朝まで待ち売店で買った朝食のパンを食べても、電車運転再開見通しが立たない様子
しびれを切らし、薬のこともあり、お昼には家に戻らなくてはと私鉄を使いJRは動き出した所で遠回りで帰る決心 出発は10時でしたが家に帰りついたのは午後2時過ぎ
実に4時間以上かけて、途中からは息子の車で送ってもらいやっと自宅に帰れました
高速道路も閉鎖していて一般道は激しい渋滞の中でした 
メール連絡していたおかけでタイミング良く車に乗せてもらえました(携帯電話は電話は繋がらないけれど、メールは届きました)

帰る道より、病院にいるときの方が安全安心でしたが、やはり我が家で自分のベットは格別です
水道電気ガスが使え、お風呂も沸かせるし、食材もあるのです

こんなことで、大変、など言っては、被災地の状況を考えると申し訳なくなります
まして、難病なんて負けている訳にはいかない、何がいつ人生起こるか分からない 
受け入れるより選択肢はない運命です
前向きに運命を受け入れ、いかに生き抜くか これからの私の課題でしょう
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by mimi-bird | 2011-03-13 18:43 | 未分類


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